SNH48コンサート!~レポート編

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さて、サブカルウォッチャーの皆さん、
第5回AKB48総選挙の余熱もそろそろ落ち着いてきた頃でしょうか。

昨年12月に上海でお披露目公演を行ったAKB48の海外姉妹グループSNH48。
12月のステージでは、AKB48の楽曲を中国語化し、内容もAKB48のスタイルを踏襲した公演でしたが、留学生として所属をしていた日本人メンバーの二人(佐江ちゃんこと宮澤佐江さんと、まりやんぬさんこと鈴木まりやさん)は上海の舞台には立てないままでした。

その後SNH48はテレビやイベント等の露出も増えてきていますが、日本人メンバーの姿はありません。国内でSNH48がアイドルとして活動の場を広げるためには、あくまでSNH48は中国のグループであるということが現段階では致し方ない選択なのかもしれないと。

そして今年に入って佐江ちゃんとまりやんぬ・二人のAKB48兼任が発表されました。
やる気だけでは解決のできない問題。アーティストビザが下りないなど、中国でパフォーマンスできない現状では、実力のあるメンバーだけに活動の場を確保するのはこちらも致し方ない状況だと思っていました。

そして、迎えた先月5月25日の上海・宝鋼大舞台で行われたSNH48春季コンサート。
コンサート開始前に記者会見があり、今回は日本人メンバー二人も出演するとのことで現状打破に期待が高まっていました。
しかし、囲み取材に二人の姿はなく、メンバー全員の集合写真撮影で登場。それでも、SNH48のメンバーが二人のことを好きで大切に思っている様子は伝わってきました。いい関係が作られているのだなあ、と。

記者会見の後、始まったSNH48単独公演。
まだまだかもしれないけれど、SNH48のメンバーたちは、半年でのびのびと成長していました。
(舞台背景のCG映像は明るすぎてメンバーがよく見えなかったけれど)
一人一人がキラキラしている感じがアイドル全開でよかったです。

でも、そのステージ上でのパフォーマンスに佐江ちゃんとまりやんぬの姿はありませんでした。
アンコール後の、MC部分でやっと二人が登場。
二人に駆け寄り抱きつくメンバー、ファンたちの暖かい歓声。
二人は笑顔で中国語トークと曲紹介をして、舞台袖にはけゆきました。
みんなが待っているのに、パフォーマンスできない。
そのもどかしさや悔しさを誰より感じながらの笑顔での退場だったと思います。

そして中国のファンたちも注目していたAKB48総選挙。
昨年日本でほとんど活動できなかった佐江ちゃんが見事10位にランクアップ。
支えているファンの人達の思いの強さを感じた結果でした。

その結果を受けた佐江ちゃんのステージでのスピーチが衝撃でした。
「AKB48との兼任はせず、SNH48一本でゆく」、と。

佐江ちゃんのスピーチより:

「突然の発表になってしまいますが、先日の武道館で、AKB48との兼任を発表しましたが、私はこれからSNH48一本でいきたいと思います。彼女たちの可能性はまだ全然見えないけど、自分もいつになったら彼女たちとステージに上がれるかわからないけど、でも私はかっこ悪い姿を見せたくないので、SNH48一本に力を入れていきたいと思います。今回選抜メンバーに選ばれたということで、みなさんにやっぱり宮澤佐江が必要だと思っていただけるように、いっぱい新しい自分を出して行きたいと思います。本当にありがとうございました。」

総選挙を何人かのSNH48のメンバーが見学に来ていたそうです。
佐江ちゃんは、その後のブログでSNH48メンバーとの東京での再会と、その後のスピーチでの決意表明に至るまでをこう綴っています。

「総選挙の前のコンサートが始まる直前に、SNHのメンバーに会う事になり彼女達のところへ向かいました。彼女達の顔を近くで見たら、突然涙が出てきました。忘れかけていた彼女たちへの愛が一気に再確認できたから。私はこのコ達と一緒にSNH48を作っていきたい、盛り上げていきたい、またそういう思いをもつことができました。」
(宮澤佐江ブログ: http://ameblo.jp/miyazawafamily/

彼女の気持ちだけではどうにもならない難しさはこれからもきっとあると思います。
これまでだって、やる気と努力は人一倍だったはずなのに、ステージに立つという最初の壁が越えられなかったのだから。
でも、彼女のこの熱い決意が何かを変えてくれるのではないか、そう期待せずにはいられません。
彼女がこの日の決意を後悔することのないよう、道がひらけてゆくことを願っています。

これからのSNH48にも引き続き注目してゆきたいと思います。
(二期生オーディションも進行中です)

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naiyue
神奈川県生まれ。牛心オーナー。 青山学院大学文学部卒業。北京電影学院留学を経て、2002年より、中国・上海のテレビ制作会社に勤務し、日本文化や流行を現地で発信する仕事にたずさわる。

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