【書籍】わたしたちが孤児だったころ

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日系イギリス人作家、カズオ・イシグロによる2000年ブッカー賞最終候補作品。
この作品の舞台に上海が登場するのでここで紹介したい。

イギリスで探偵として名声を馳せていたクリストファーが自分の両親の失踪の秘密をさぐるという探偵小説。その捜索先が20世紀初頭の上海で、租界に暮らす英国人の視点から、当時の混沌と社会の暗部を仄めかしながらも、クリストファー個人の内面を愛情の渇望や子供時代特有の恐怖感などをテーマに軽快な筆致で描いていく。

カズオ・イシグロの他の作品のファンから見ると、多少ハードボイルドな要素が強く感じられるかも知れない。事件も起こるし、アクションもある。しかしこれがエンターテイメント作品かというとやはりそうではない。

日本人として長崎に生まれイギリスで育った筆者自身と重なるように、主人公クリストファーの視点からは、東洋の魔都上海は単なるエキゾチシズムの対象としてではなく、子供時代の記憶として描かれる。主観としての租界内から、後に両親を捜しに来たときに感じる探偵としての視点への推移は、一方で観念的に始まり、しかしやはり子供時代に得た自分だけのスコープから見える投影図へと回帰していく。

租界時代の上海に興味がある人にはおすすめできる作品。ただし歴史書ではないのでその辺は差し引いて読むのが正しいだろう。

一点歴史に触れたい。南京東路を外灘まで出るとスウォッチが運営するアーティストホテル(和平飯店南楼)がある。この建物の壁に「万国禁煙会会址」のプレートが。ここでいう禁煙とはアヘンのことである。プレートは1909年この地で国際会議が開かれたことを示している。小説の舞台はまさにこの時代である。

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仲島 尚 Nakajima, Takashi Carlos 上海情報ステーション代表理事/プロジェクトリーダー 1972年、札幌市生まれ。 趣味は散歩とサンバパーカッション。専門はブラジル研究。 初渡中は93年夏。台湾-香港-昆明-大理-麗江を旅する。 2005年7月に「上海情報ステーション」第1期サイトを立ち上げる。 2006年夏、上海交通大学に短期留学。 上ステではイベントアレンジ、システム関連、映像制作などを担当しています。

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