第2回:「ハッピーはリラックスから」 -ユミさん-

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大学でスワヒリ語を専攻していたというユミさん。上海歴はもうすぐ1年とそれほど長くはないが、大学3年時に半年間、北京広播学院に留学していた経験を持つ。北京時代は大学生だったため、半年で帰国して新卒枠で就職。その後4年間印刷会社の外国語センターに勤務した。

「当時担当していた業務は翻訳手配から納品までの一連の流れの管理。あがってきた原稿をチェックしたり外注を手配したり、DTPは自分でやることもありましたが、ほとんどは顧客と外注の橋渡し的な仕事でした。」
毎日に不満があったわけではなかったが、小さい頃から海外に住みたいという想いが強かったという。

「お金が貯まると、会社をやめて茶館で半年間アルバイトをしました。この頃からすでにお茶が好きで、香りや風味で人をリラックスさせる茶葉に、ロマンを感じていました。」

2004年9月に上海戯劇学院に留学。前回の北京と違い、留学のあとは上海で働こうと決めていた。
友人が通っていたという戯劇は、少人数で交通も便利、また日本語を話す機会も少ないだろうと選んだ。
「HSKのある12月までは中国語に集中し、試験終了後に人材紹介会社に登録しに行きました。このとき登録したのは2社でしたが、興味のある会社には自分からチャレンジしたいと思い、紹介会社を通さずに自分で履歴書を送った会社もありました。」
HSKの結果は8級、自分で履歴書を送った2社を含めて6社受け、金融関係の今の会社に決めた。12月27日に正式に入社し、現在は企画課でプロジェクト管理を担当している。
「就職活動での条件は企画・制作の仕事、秘書をメインに希望し、あとは給料、日系であることなどを重視しました。今の会社は面接での印象や環境、雰囲気がしっくりきたので、ここで働きたいと思いました。」
働き始めてもうすぐ1年になるが、業界が違うこともあり始めはとまどうことも多かった。中国語の専門用語、会議で振り回された日は、仕事を終えて一歩外に出るとうんざりしてしまうことも少なくない。学生の時は新鮮でおもしろいと感じられたことも不愉快に感じて、日本に帰りたいと思うこともある。
「でもそれって、本当に帰りたいとは思っていないんです。私は、海外で生活すること、お金を貯めて次のステップへ進むことを目的にここに来た。ここで帰ったら、来た意味がなくなってしまう。」

初級茶藝師の資格を持つというユミさんの次のステップは、中国で仕入れ、日本でお茶屋さんを開くことだという。その時に備えて、今からアフター5や週末には趣味の画廊めぐりのほかにも天山路のお茶市場に通っている。
「中国にこだわっていたわけじゃない。縁があったのかなって思います。海外に住んでいると、日本に帰る場所がなくなるんじゃない?って聞く友人もいますが、私は自分がいるところが帰る場所なんです。のんびりできて、癒されて・・リラックスが私のテーマかもしれません。」

かわいらしい雰囲気の中にしなやかな強さを感じさせるユミさんは、自然体のままで、確実に次の扉を開けようとしている。

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